ミャンマーを襲ったサイクロンや、中国四川大地震の被災地からは、連日大きな被害が報じられ、実際には一体どれほど多くの人命が一瞬のうちに失われたのか、胸が痛む毎日を皆様も過ごされていることと思います。このような大きな自然災害が起こったときに改めて一番に感じるのは、言うまでもなく人命がいかに尊いのかということです。そして、復旧活動がままならぬなか、助けられた人命をいかに守るのか、二次災害の予防や、衛生面の不備からの感染症の発生や蔓延の防止など、切実な課題となってきます。
四川大地震では日本の国際緊急救助隊の救助チームや医療チームの現地での活動が、注目されています。医療チームは結局は、予想していた医療設備の不足している被災地での活動ではなく、中国政府の配慮から患者さん受け入れ病院での活動となったようですが、治療だけではなく衛生管理面でのはたらきでも誠心誠意はたらきに尽くしてこられることと思います。また、この医療チームには、災害医療センター(立川市)などで訓練された医師も入られていると聞きます。自らも危険に身をさらしながら人命救助にあたる災害時、緊急時に応えるためには、日頃の鍛錬や経験とともに専門知識もとても大切になってくるわけです。災害医療の角度から医療の原点を改めて感じる想いがします。
ところで、今、日本の医療現場には、さまざまな困惑が満ちています。はじまったばかりの後期高齢者医療は、医療者からも、高齢者の皆さんからも、多大なクレイムを引き出しつつあり、失速しかねない状況にあります。地域の中核病院のそれも基幹になる内科や外科でさえも医者がいなくなり、機能不全になって、いわゆる医療崩壊の状況がさらに深まりつつあります。医療崩壊の原因について、国が長年に亘って医療費抑制策を続けてきたこと、医師不足など、さまざまに国の失策を批判する声が起こっています。でも本当にそれだけだろうかと思うところがあります。問われているのはそのようなシステムの機能不全だけでなく、同時にプレイヤーである医師や看護師の「使命感の崩壊」なのではないかと思うところがあります。私が小さい頃、病弱で医者通いをしていた頃は、今よりもずっと医者が不足していて、医療費もかなり少なかったと思います。
今、医療の現場が思い出さねばならないのは、「なぜ自分は医師、看護師をやっているのか」「それは何のためか」その二つの問いかけの向こうにある一人一人の「使命感」ではないか。災害医療の現場を見つつ、改めてそのように思う昨今です。




